新年もよろしくお願いします
2015年未年。新年おめでとうございます!
旧年中、私と出会ってくださったみなさん、遠くで陰ながら気にかけてくださったみなさん、ありがとうございました。年を重ねるにつれて、わたしという存在が、さまざまな人たちの存在に影響され支えられ、そして形作られていっているのだと実感しています。自分の中にいろんな人たちの存在が息づいていると信じられるのは頼もしく、この上ない歓びです。
田舎のわが家のお正月は、年始の挨拶から始まり、家神さま・ご先祖さまへの挨拶、年取りの儀式、お雑煮の朝食へと、もう何年も続いてきたのであろう農家の当たり前の習慣で彩られています。家族構成も変わり簡素化され、形式化されてはいるけれど、出来ることならこれからも当たり前に続けたいなと毎年思います。
そして。
氏神さまへの初詣は、私にとっては密かに重要なイベント。静かに神様と向き合いたいので、状況が許す限り(たとえば甥姪の面倒を誰かがみてくれるなど)私はひとりで初詣に向かうことにしています。
キーンと冷えた風の吹く元旦、寒かった!田んぼの水たまりにも氷がはっていました。
氏神さまの神社は、生まれ故郷の中で私が最も好きな場所。家や集落のことが好きかと問われると返答に悩むけれど(笑)、神社は特別。遠く離れて暮らしていても、自分の原点はここにあるように感じていました。
氏神さま、御酒神社に祀られているのは、大日靈貴命(天照大神)、大己貴命(大国主)、 天児屋根命の三神ですが、この由緒ははっきりしていません。ただ、神社には大きな一枚岩をはじめ巨石がたくさんあって、昔の村人がこれら巨石を祀っていたことは想像に難くありません。巨石の雰囲気は天岩戸の神話を思い起こさせ、天照大神と天児屋根命の名前を聞くと、なるほどとつい納得してしまいます。
天児屋根命は、天照大神が閉じこもってしまった天岩戸の前で祝詞を言祝いだ神様。神と人の間をつなぐ祭司の役割を担っています。
祝詞。ことば。ことばにして伝えることの大切さ。
うん。この辺りは、私の今年のテーマかも。
自分を含め、ひとりひとりの存在と、そこから生まれる言葉を、じっくりと丁寧に味わいたいな、今年は。
いつも行く神社で、そんな抱負めいたことを思う。
みなさんにとって、かけがえのない愉快な年になりますように!
今年もどうぞよろしくお願いします。